著作権という幻想【動画マーケティング】

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 『動画』が一般的になって久しい。動画が一般的になればなるほど、「これは著作権を侵害しているのでは」というアップロード動画が普通になってきた。著作者にとっては問題でも、見るユーザーには『普通』になっているのだ。

 以前は放送局で作られたテレビ番組をキャプチャーした動画がYouTubeにアップロードされようものなら直ぐに削除要請が出て削除されていた。しかし、その当時からいたちごっこの様子だった削除合戦はユーザーとYouTubeが押し切ったようだ。今では沢山のテレビ番組のキャプチャーがYouTubeにアップロードされている。動画投稿サイトの視聴者は著作権を侵害している動画でも普通に見るようになった。

 Twitterでも他人のツブヤキを自分のツブヤキのようにTweetしてしまう『パクツイ』と呼ばれる盗用が問題になっているが、YouTubeでも一般ユーザーがアップロードした再生回数の多い動画をキャプチャーして、自分の動画としてアップロードするユーザーが増えている。このような『投稿作品を作者以外の人がネット上で使用する問題』は顕著になってきている。

 このような他人の作品を流用すること自体が文化を産み出している側面もある。実際に動画投稿サイトにアップロードされている流用動画がなかったら、私達ユーザーはこれほど『動画』を楽しめていないだろう。

 既に音楽でも動画でもTweetさえも、作品の流用を止める手だてはなく、カルチャーとして今後も続いていく。作品の流用を見て育ってきた子供達が作品の流用が悪いと思うはずもなく、今後さらにこの流れは加速していくと見られる。

 著作権は既に幻想になってきていると感じる。急激な変化を嫌う企業が必死になって守ってはいるが、遅かれ早かれ崩れていくビジネスモデルだ。むしろ、流用をカルチャーとして『促す』方が爆発的に上手く事例が多いが、それに気づいている企業は少ないのではないだろうか。

インターネットによって『著作権が侵害された』のではなく、『著作権に矛盾が生じている』のだ。